ベクトルは「頭を使わなくていい分野」と言われることがよくあります。始点をそろえて終点を計算し、あとは式変形をだらだら続ければ答えが出る、というわけです。
これはあながち間違いではありません。でもそれだけで終わらせるのはもったいない。ベクトルの意味を図形的に考える訓練をすると、ベクトルは座標平面・複素数平面・数IIIの微積分まで、皆さんが思っている以上に広い範囲で役に立ちます。この記事では、計算としてのベクトルと意味としてのベクトルの両方を、例題と図で解説します。
- 図形問題の4つの解法の中でのベクトルの立ち位置
- 「始点と終点を計算すれば解ける」が半分しか正しくない理由
- 終点の存在範囲でベクトルの意味を鍛える方法
- ベクトルの理解が座標・複素数平面・数IIIで効く場面
- ベクトルの意味を学べる参考書
図形問題の4つの解法とベクトル
ベクトルは図形問題の解法の1つとして語られることが多い分野です。図形問題の解き方は、主に次の4つ(文系なら3つ)に分けられます。
| 解法 | 得意なこと | 弱いところ |
|---|---|---|
| 初等幾何 | 図の性質が見えればいちばん速い | 補助線などのひらめきが必要 |
| ベクトル | 始点をそろえれば機械的に計算できる | 意味を考えないと計算が迷走する |
| 座標 | 何でも式にできる | 計算が重くなりやすい |
| 複素数平面(理系) | 回転や拡大を一発で表せる | 回転を含まない問題では使いにくい |
この中でベクトルは「何も考えずに計算できる解法」として扱われがちです。確かにそういう面はあります。まずはその面から見ていきます。
「始点と終点を計算すれば解ける」は半分正しい
ベクトルの典型問題の多くは、始点をそろえて終点を2通りに表し、係数を比べるだけで解けます。
\(\triangle\mathrm{OAB}\) において、辺 \(\mathrm{OA}\) を \(1:2\) に内分する点を \(\mathrm{C}\)、辺 \(\mathrm{OB}\) の中点を \(\mathrm{D}\) とする。線分 \(\mathrm{AD}\) と \(\mathrm{BC}\) の交点を \(\mathrm{P}\) とするとき、\(\overrightarrow{\mathrm{OP}}\) を \(\vec a=\overrightarrow{\mathrm{OA}}\)、\(\vec b=\overrightarrow{\mathrm{OB}}\) で表せ。
\(\mathrm{P}\) は線分 \(\mathrm{AD}\) 上にあるので、\(\mathrm{AP}:\mathrm{PD}=s:(1-s)\) とおけます。同じく線分 \(\mathrm{BC}\) 上にもあるので \(\mathrm{BP}:\mathrm{PC}=t:(1-t)\) とおけます。
\[ \begin{aligned} \overrightarrow{\mathrm{OP}}&=(1-s)\vec a+\frac{s}{2}\vec b \\ \overrightarrow{\mathrm{OP}}&=\frac{t}{3}\vec a+(1-t)\vec b \end{aligned} \]\(\vec a\) と \(\vec b\) は平行でなく \(\vec 0\) でもないので、係数を比べられます。
\[ 1-s=\frac{t}{3},\quad \frac{s}{2}=1-t \]これを解くと \(s=\dfrac45\)、\(t=\dfrac35\) となり、答えが出ます。
\[ \overrightarrow{\mathrm{OP}}=\frac15\vec a+\frac25\vec b \]補助線もひらめきも要りません。初等幾何ならメネラウスの定理に気づく必要がありますが、ベクトルなら手順どおりに計算するだけです。この「無思考でも解ける」強さはベクトルの大きな武器で、典型問題ではどんどん使うべきです。
ただしベクトルを「何も考えずにできる魔法の道具」と思っているうちは理解が浅く、少しひねった問題になると解けません。ここから先が本題です。
ベクトルの意味を考える:終点の存在範囲
ベクトルの意味を考える訓練として一番いいのが、終点の存在範囲の問題です。\(\overrightarrow{\mathrm{OP}}=s\vec a+t\vec b\) で \(s,\,t\) が動くとき、点 \(\mathrm{P}\) がどこを動くかを考えます。
係数の和が1なら直線
\(s+t=1\) のとき、\(s=1-t\) を代入して変形してみます。
\[ \begin{aligned} \overrightarrow{\mathrm{OP}}&=(1-t)\vec a+t\vec b \\ &=\vec a+t(\vec b-\vec a) \\ &=\overrightarrow{\mathrm{OA}}+t\,\overrightarrow{\mathrm{AB}} \end{aligned} \]これは「\(\mathrm{A}\) から出発して \(\overrightarrow{\mathrm{AB}}\) の方向に \(t\) 倍進む」という意味です。だから \(\mathrm{P}\) は直線 \(\mathrm{AB}\) 上を動きます。さらに \(s\geqq0,\ t\geqq0\) なら \(0\leqq t\leqq1\) なので、線分 \(\mathrm{AB}\) になります。
「係数の和が1なら直線」を公式として覚えている人は多いですが、「Aから出発してABの方向に進む」という意味が見えていれば、公式を忘れても自分で組み立てられます。
係数の和が1以下なら三角形
\(s+t\leqq1,\ s\geqq0,\ t\geqq0\) なら、\(s+t=k\)(\(0\leqq k\leqq1\))とおくと、\(\mathrm{P}\) は「線分 \(\mathrm{AB}\) を \(\mathrm{O}\) を中心に \(k\) 倍に縮めた線分」の上を動きます。\(k\) を \(0\) から \(1\) まで動かすと、その線分が \(\mathrm{O}\) から \(\mathrm{AB}\) までを掃いていくので、\(\mathrm{P}\) の存在範囲は \(\triangle\mathrm{OAB}\) の周と内部です。
例題:条件の形が違うとき
\(\overrightarrow{\mathrm{OP}}=s\vec a+t\vec b\)、\(s+2t\leqq2\)、\(s\geqq0\)、\(t\geqq0\) のとき、点 \(\mathrm{P}\) の存在範囲を図示せよ。
係数の和が \(1\) 以下という形に直したいので、両辺を \(2\) で割ります。
\[ \frac{s}{2}+t\leqq1 \]この係数 \(\dfrac{s}{2}\) と \(t\) がそのまま \(\overrightarrow{\mathrm{OP}}\) の係数になるように、ベクトルの側を調整します。
\[ \overrightarrow{\mathrm{OP}}=\frac{s}{2}\,(2\vec a)+t\,\vec b \]\(2\vec a=\overrightarrow{\mathrm{OA'}}\) とおけば、係数の和が \(1\) 以下で両方 \(0\) 以上なので、\(\mathrm{P}\) の存在範囲は \(\triangle\mathrm{OA'B}\) の周と内部です。
ここでやっているのは公式への当てはめではありません。「係数の和が1以下なら三角形」という意味が分かっているから、条件の形が違っても係数とベクトルを調整して同じ形に持ち込めるのです。
存在範囲は論理の問題でもある
「点 \(\mathrm{P}\) が存在範囲に入る」とは、正確には「条件を満たす \(s,\,t\) が存在する」ということです。存在範囲の問題は、ベクトルの問題であると同時に論理(存在条件)の問題でもあります。今回のように \(\vec a,\,\vec b\) が平行でなければ \(s,\,t\) は1通りに決まるので単純ですが、パラメータが3つになったり条件が複雑になったりすると、「そのような値が存在するか」を論理的に考えないと解けません。
ベクトルの理解はほかの分野でも効く
ベクトルの意味をしっかり理解すると、ベクトル以外の分野の理解が一気に楽になります。
座標平面
直線のベクトル方程式 \(\vec p=\vec a+t(\vec b-\vec a)\) は、座標で書けば直線のパラメータ表示そのものです。座標の問題で直線や線分を扱うときも、「点から方向ベクトルの向きに進む」という見方があると式の意味がすぐに分かります。
複素数平面
複素数の足し算と引き算は、平面ベクトルの足し算と引き算そのものです。複素数平面はそこに掛け算による回転と拡大が加わったもので、言わば「回転できるベクトル」です。ベクトルの意味が分かっている人は、複素数平面を新しい分野としてではなく、ベクトルの延長として理解できます。
数IIIの微積分(空間の線分の通過領域)
数学で最も難しい典型問題の1つに、3次元空間で線分が動いてできる立体(線分の通過領域)の体積を、数IIIの微積分で求める問題があります。最近でも東大と京大で続けて出ている頻出分野で、しかもめちゃくちゃ難しい分野です。
- 東京大学 2022年度 理系 第5問:線分を \(z\) 軸のまわりに回転させた曲面上の点と、\(xy\) 平面上の点を結ぶ長さ一定の線分。その中点が通過する範囲の体積を求める問題
- 京都大学 2023年度 理系 第5問:\(x\) 軸上の点と \(yz\) 平面上の点を、原点からの距離の和が一定という条件で動かしたとき、2点を結ぶ線分が通過してできる立体の体積を求める問題
どちらも動くものが多く、何を固定してどの平面で切るかを自分で決めなければなりません。
この問題では、まず線分 \(\mathrm{AB}\) 上の点を次のように表します。
\[ \overrightarrow{\mathrm{OP}}=(1-t)\,\overrightarrow{\mathrm{OA}}+t\,\overrightarrow{\mathrm{OB}}\quad(0\leqq t\leqq1) \]そのうえで、ある平面で切ったときに線分上のどの点が断面に現れるかを考えて断面を求め、積分します。線分上の点の表し方も、断面に現れる点の範囲も、まさに終点の存在範囲の考え方そのものです。この分野はベクトルの本質を理解していないと解くのが難しく、ベクトルを計算の道具としか見ていない人はここで手が止まります。
ベクトルは図形問題の1解法にとどまらず、数学のいろいろな分野を理解するための土台になります。
ベクトルでつまずく場面と考え方
| つまずく場面 | 意味で考えると |
|---|---|
| 係数を比べてよい理由が分からない | \(\vec a,\,\vec b\) が平行でなければ、平面上の点の表し方は1通りしかない |
| 存在範囲の公式を忘れた | 「Aから出発してABの方向に進む」に戻れば組み立てられる |
| 条件の形が教科書と違う | 係数の和が1(以下)になるように係数とベクトルを調整する |
| 計算が長くなって迷子になる | 始点をどこに取るかを図を見て決め直す |
| 空間の線分の通過領域で手が出ない | 線分上の点を \((1-t)\vec a+t\vec b\) と表すところから始める |
ベクトルの意味を学べる参考書
一番のおすすめ:数学の真髄 -ベクトル-
東進の青木純二先生による、ベクトルの意味を一から考えられる参考書です。始点と終点の計算だけでなく、存在範囲のようにベクトルを図形的に考える力をしっかり鍛えられます。ベクトルを何も考えずに使う道具から、意味の分かる道具に変えたい人はこの本をしっかりやるといいと思います。
あわせて読みたい:数学の真髄 -論理・写像-
同じシリーズの論理編です。存在範囲の問題は存在条件の問題でもあるので、論理があやふやな人はこちらと組み合わせると効果的です。シリーズ全体は青木純二「数学の真髄」シリーズ 徹底解説で紹介しています。
よくある質問
ベクトルは計算だけで解いてはいけないのですか
典型問題は計算で解いて構いません。始点をそろえて機械的に解けるのはベクトルの大きな強みです。問題は「計算しかできない」状態で、それだと少しひねった問題や存在範囲の問題で手が止まります。
文系にも意味の理解は必要ですか
必要です。存在範囲は文系の入試でもよく出ますし、ベクトルの意味が分かっていれば座標の問題も楽になります。複素数平面や数IIIの話は理系向けですが、それ以外は文系にもそのまま当てはまります。
初等幾何・座標・複素数平面とどう使い分ければいいですか
図の性質がすぐ見えるなら初等幾何、回転が絡むなら複素数平面、迷ったらベクトルか座標、というのが目安です。ただし解法を選べるのは、それぞれの意味が分かっているからです。ベクトルの意味を理解しておくと、ほかの解法との行き来もしやすくなります。
まとめ
ベクトルは始点と終点を計算すれば解ける、というのは半分正しい考え方です。典型問題ではその強さをどんどん使うべきですが、それだけでは理解が浅いままです。終点の存在範囲のような問題でベクトルの意味を図形的に考える訓練をすると、座標平面・複素数平面・数IIIの空間の通過領域まで、いろいろな分野が理解しやすくなります。
存在範囲の問題で「なぜその範囲になるのか」を自分の言葉で説明する練習をしてください。
数学の真髄 -ベクトル-をしっかりやるのがおすすめです。
ベクトルの意味に立ち返ると、回転や空間の線分の通過領域が理解しやすくなります。
ベクトルを何も考えずに使える魔法の道具だと考えているうちは問題も解けるようになりません。ベクトルの意味をしっかり考えることが大切です。
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